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2018年12月25日(火)

※これからしばらく書くブログは、出来事や、時間的なことなどなど間違っている部分があると思いますが、私のメモ書きと私の記憶の中の部分で、書き留めたいと思います。

2018年12月25日(火) 会社に向かう電車内で、妹からのメールが来る。様子がおかしいメールだったので、駅についてすぐに電話をかけると、姪っ子がおばあちゃん(私と妹の母)みたいになっていると言う。そして、全く食べれず寝たきりで、やっとリンゴジュースを口に含めるくらいだと言う。私は妹が病院から帰ってくる時間の22時くらいに電話をかけると伝えて電話を切る。

元々この正月は妹家族がいる横浜に娘と過ごす予定で、12/31(娘が30日までバイトなので)~1/3までいる予定で、新幹線も予約していた。先週くらいから姪っ子が悪化したので、横浜に来てもらっても姪っ子に会えないかもと、念を押されたが、姪っ子の側にいるだけでそれでよかったので、どんなことがあっても横浜に行く予定だった。

しかし、妹の様子が心配になり、明日から仕事を休んで、横浜に行ったほうが良いと思った。会社にもそのことを伝え、年末までにやらないといけない仕事を全て片付けた。

18時ごろ帰りの電車内で妹から電話が入った。22時に電話すると約束したのに、かかってきたので、ドキッとして、ものすごく胸騒ぎをして、次の停車駅の北浜駅を慌てて降りて、妹に電話する。姪っ子が危ない状態らしく、もしよければ今から来れる?という連絡であった。もちろん、行くに決まっているのに、遠慮がちに話す妹。娘にも連絡したのだが、バイト中の娘に連絡がつかない。慌てて娘の携帯に電話しても、出てくれない。連れ合い(夫)に電話したら、仕事中なのに運よく出てくれた。姪っ子の件を話しした。連れ合いも明日仕事を休めるように手配すると言い、涙を流しながら正常じゃない私に、落ち着くように諭された。

私は涙を流しながら、北浜の地下鉄の階段やホームを降りたり上ったり行ったり来たりして、まだ連絡がつかない娘に何度も連絡をした。こういう時に限って、連絡がつかないよ。そして、大阪のビジネス街の北浜で、スーツを着た男性やオフィススタイルの女性の仕事帰りでいっぱいのホームで、泣きまくっている私は、馬鹿なおばちゃん、危ないおばちゃんって思われているだろうが、そんなことはどうでもよい。まだ18歳。これからまだまだたくさんの人生を経験しなくちゃいけないのに、代わってあげたい、代わってあげたい。そればかり思ってしまう。私は、姪っ子が発病してから、ずっと代わってあげたいと思った。だって、そうじゃなきゃおかしいでしょ。私は十分に生きた。順番が違うよ。理不尽すぎる。

とりあえず、自宅に戻らないと思い、また電車に乗った。電車内でも涙が止まらなかった。娘に連絡しなければと、帰るルートを替えて、途中の日本橋に下車して、バイト先に電話しようと思い、ガラケーなので、番号案内に連絡するが、自動案内のフリーダイヤルの番号が流れるが、全く覚えられない。すぐに記憶できるタイプなのに、全くできない。メモ帳を取り出そうとしたが、毎日持ち歩いているメモ帳を今日に限って、家に忘れていた。なので、ボールペンもない。連れ合いに連絡して、電話番号を知らせてくれるように伝え、再度、番号案内にトライ。やっと連絡先を覚えて電話をかけたが、ずっと待たされる音が流れる。その間、なんばウォークをひたすら歩く。7分ほど待ってやっと電話がつながったら、娘のバイト先ではなく、コールセンターだった。娘のバイト先は店舗に電話が掛けられず、すべてコールセンターで行われていたのだ。事情を説明し、娘に家に帰るようにお願いした。

電話を切ると、連れ合いと、そして娘の着信ありが。慌てて娘に電話をしたら、娘は号泣していた。何とか家に帰ると、すぐに娘も自転車で帰ってきた。すぐに荷物の用意をしようと思うが、何がなんやらわからない。忘れ物が出ても構わないから、詰め込めと号令をかけていたら、19時過ぎに姪っ子から娘の携帯に電話がかかった。姪っ子は全身に痛みが発生し、モルヒネ(?)を投与するが、そのまま寝たままでもう起きてこないかもしれないので、みんなに連絡をしているというのだ。なんという残酷な事なんだ。娘は今から行くから、待っててと何度も何度も必死に言っていた。

新幹線の予約のチケットを交換して、電車に乗ったのは、東京行きのぞみ号の最終の1本前であった。新横浜駅から病院までタクシーで向かう予定だったが、姪っ子のお父さんである妹のダンナさんが、わざわざ迎えに来てくれていた。姪っ子の側にいてもらいたかったのに、大変申し訳ないことをした。新横浜から病院までは、ずっと暗黒にいるようで、暗黒にうっすら薄オレンジ色の明かりがある、とてもクリスマスのようには全く感じない風景で、すごく長く時間を感じた。

0時前に病院に到着し、今まで中に入れなかった棟の扉の中に入れた。病院にいる際は、その扉の窓を通してしか会えなかった。緊張しながら初めてその扉の向こうに入る。

病室に入ると、姪っ子は頑張って、待ってくれていたのである。


その日着ていたシビラの服です。ベージュ系シンプルゆったり目タートル風セーターベージュ地鳥と木の模様スカート黒レッキスラビットファーケープオフホワイト系ショートコートにコーディネートを追加しました。

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2020年5月13日 miekotaro |


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